応力とひずみ:設計者が最初に押さえるべき基本概念
2026年3月27日
材料力学の計算をするとき、「応力って結局なんだっけ?」と一瞬迷ったことはないでしょうか。 公式は知っている。でもなぜその式になるのか、単位はどう扱えばいいのか、FEMが出した数値は信用していいのか——これらが曖昧なまま設計を続けていると、破損原因を見誤り、過剰設計や見落としにつながります。
この記事では、応力とひずみの定義を整理し、0.2%耐力・フォン・ミーゼス応力・FEMの特異点まで、実務で「なぜ」に答えられるレベルを目標に解説します。
応力(Stress)とは何か
定義:内力を面積で割ったもの
外力が作用する物体の内部には、形状を維持しようとする内力(internal force)が生じています。 その内力を、着目する断面の面積で割ったものが応力です。
| 記号 | 意味 | 単位 |
|---|---|---|
| 垂直応力(Normal stress) | Pa, MPa, N/mm² | |
| 断面に垂直な内力(軸力) | N | |
| 断面積 | m², mm² |
下の図で、断面に垂直に作用する垂直応力と、断面を滑らせようとするせん断応力の違いを確認してください。
▲ 垂直応力σとせん断応力τの違いをアニメーションで解説
垂直応力とせん断応力
垂直応力(Normal stress)
断面に垂直(法線方向)に作用する応力です。
- 引張応力:断面を引き離す方向 → 正(+)
- 圧縮応力:断面を押しつぶす方向 → 負(−)
せん断応力(Shear stress)
断面に平行(接線方向)に作用する応力です。ボルトのせん断破壊や、溶接ビードへの荷重などで登場します。
実務メモ:せん断降伏応力 と引張降伏応力 の関係は、フォン・ミーゼス基準では以下の通りです(詳しくは後述)。 ボルト・溶接の強度評価では必ず使います。
単位系の整理:MPa と N/mm² は同じ
設計現場で最も混乱しやすいのが単位です。結論から言えば、
これは以下のように確認できます。
SolidWorks・ANSYS・Fusion 360 などの主要FEMソフトはいずれも N/mm²(= MPa)を標準出力単位として使います。この変換は即答できるようにしておきましょう。
旧単位系との換算
古い設計図面や材料カタログでは、重力単位系が使われていることがあります。
| 単位 | 定義 | MPa への換算 | 主な用途 |
|---|---|---|---|
| Pa | 微小圧力、気圧 | ||
| MPa | 1 MPa | 現代の強度設計全般 | |
| N/mm² | — | 1 MPa(同値) | FEMソフトの出力 |
| kgf/cm² | — | 油圧機器の定格、古い資料 | |
| kgf/mm² | — | 1990年代以前の材料データ |
換算の実務ヒント:kgf/mm² → MPa は「約10倍」と覚えておけば十分です(正確には9.81倍)。古い図面で「降伏点 25 kgf/mm²」とあれば、約 245 MPa と即換算できます。
ひずみ(Strain)とは何か
定義:変形量を元の長さで割ったもの
ひずみは「変形の程度」を表す無次元量です。
実務では「マイクロひずみ()」単位がしばしば使われます。
構造用鋼の弾性域の限界は ()程度です。これを超えるひずみが計算結果に現れたら、その部位は塑性域に入っている可能性を疑いましょう。
せん断ひずみ
せん断応力に対応する変形は、角度の変化(ラジアン)として現れます。
フックの法則とヤング率
弾性域では、応力とひずみは線形関係にあります(フックの法則)。
比例定数 が**ヤング率(縦弾性係数)**です。
重要な実務知識:ヤング率は材料の結晶構造に依存する物性値であり、焼き入れなどの熱処理を施して強度(降伏点)を上げても、ヤング率はほぼ変わりません。軟鋼も高張力鋼も、鋼である限り です。「強い材料に変えたのにたわみが変わらない」という現象の原因はここにあります。
せん断応力とせん断ひずみの関係はせん断弾性係数 で表され、 と (ポアソン比)から求まります。
鋼材(、)では となります。
下のツールで、材料を切り替えながら応力-ひずみ曲線の傾き(= ヤング率)の違いを体感してください。
応力-ひずみ線図インタラクター
軟鋼 SS400
E = 206 GPa
σy = 245 MPa
σB = 400 MPa
ポアソン比
棒を軸方向に引っ張ると、軸方向に伸びる一方で横方向には縮みます。この横ひずみと軸ひずみの比がポアソン比 です。
| 材料 | ポアソン比 | 特記事項 |
|---|---|---|
| 鋼 | 約 0.3 | 最も一般的な金属 |
| アルミ合金 | 約 0.33 | 鋼より横収縮がやや大きい |
| チタン合金 | 約 0.34 | — |
| ゴム | 約 0.5 | ほぼ完全非圧縮(体積が変化しない) |
| コルク | 約 0 | 横方向にほとんど変形しない(ワインの栓に適した理由) |
FEMとの関係:材料定義では と の2つを入力すれば、等方弾性体の解析が成立します。 は と から自動計算されます。ゴムのような の材料は特殊な定式化(ハイパーエラスティックモデル)が必要になるため、汎用の線形弾性解析では注意が必要です。
ポアソン比アニメーション
軸ひずみ
ε_x = 0.0%
横ひずみ
ε_y = 0.00%
ポアソン比
ν = 0.300
ν = −ε_y / ε_x (横ひずみ / 軸ひずみの比)
代表的な設計材料の特性
材料ごとの数値感覚を持っておくことは、FEM結果の妥当性確認に直結します。
| 材料 | ヤング率 | 降伏応力 | 引張強度 | ポアソン比 |
|---|---|---|---|---|
| SS400(一般構造用鋼) | 206 GPa | 245 MPa以上(板厚≤16mm) | 400〜510 MPa | 0.3 |
| S45C(機械構造用鋼) | 206 GPa | 490 MPa以上(焼入れ焼戻し) | 690 MPa以上 | 0.3 |
| A6061-T6(アルミ合金) | 69 GPa | 240 MPa以上 | 290 MPa以上 | 0.33 |
| Ti-6Al-4V(チタン合金) | 110 GPa | 880 MPa以上 | 950 MPa以上 | 0.34 |
| CFRP(繊維方向) | 70〜200 GPa | — | — | 異方性あり |
SS400の板厚依存性に注意
SS400は「引張強さ 400 MPa以上」を保証する鋼材ですが、降伏点は板厚によって変化します。
| 板厚 | 降伏点の下限 |
|---|---|
| 16 mm 以下 | 245 MPa 以上 |
| 16 mm 超〜40 mm 以下 | 235 MPa 以上 |
| 40 mm 超 | 215 MPa 以上 |
厚板を用いた溶接構造物の設計では見落としがちなポイントです。「SS400だから245 MPa」と決めつけず、使用板厚を確認してください。
アルミ合金の剛性の誤解
A6061-T6 の引張強度は SS400 に匹敵しますが、**ヤング率は鋼の約1/3(69 GPa)**です。同じ断面寸法・荷重条件では、鋼の3倍たわみます。アルミで軽量化を図る場合、強度は確保できても剛性(たわみ)が課題になることが多く、断面形状(断面二次モーメントを増やすリブ・フランジ追加)で対応するのが基本です。
チタン合金の強度と剛性の独立性
Ti-6Al-4V(Grade 5)は比強度が非常に高い(引張強度 950 MPa以上、密度 4.43 g/cm³)ですが、ヤング率は 110 GPa と鋼の約半分です。「強度は鋼の2倍近いが、剛性(たわみにくさ)は鋼の半分」という特性を理解しておかないと、「チタンに変えたのに変形が増えた」という結果になります。
CFRPの異方性
CFRPは繊維方向によって特性が激変します。繊維方向のヤング率は 200 GPa を超えることもありますが、繊維に直交する方向では 10 GPa 程度まで低下します。金属とは異なる「異方性設計」の思考が必要です。
応力-ひずみ線図(S-S曲線)と 0.2%耐力
材料の引張試験で得られる応力-ひずみ線図は、材料の力学的特性をすべて示す「設計の地図」です。
| 指標 | 記号 | 意味 |
|---|---|---|
| 降伏応力 | 永久変形が始まる応力。設計許容応力の基準 | |
| 引張強度 | (UTS) | 材料が耐えうる最大応力。ネッキング開始点 |
| 0.2%耐力 | () | 明確な降伏点がない材料での降伏強度代替値 |
0.2%耐力とは
アルミニウム合金・ステンレス鋼・高強度鋼など、S-S曲線に明確な降伏点が現れない材料では、0.2%耐力を降伏強度の代わりに使います。
定義:除荷後に 0.2%(= 0.002)の永久ひずみが残る応力。JIS規格では と表記されます。
読み方:ひずみ軸の 0.2% の点から、弾性域の直線(傾き = ヤング率)に平行な線を引き、S-S曲線との交点を読み取ります。
下のグラフで、軟鋼(明確な降伏点あり)とアルミ合金(0.2%耐力で評価)のS-S曲線の違いを確認してください。
応力-ひずみ線図の比較:軟鋼 vs アルミ合金
フォン・ミーゼス応力:多軸応力の評価
実際の部品には、縦・横・高さ方向の応力とせん断応力が複合して作用します。これを1つの数値で評価するのが**フォン・ミーゼス応力(相当応力)**です。FEMソフトのデフォルト表示もこの値です。
物理的な意味:ひずみエネルギー説
フォン・ミーゼス基準は「形状変化に使われるひずみエネルギーが閾値を超えたときに降伏する」という考え方に基づきます。延性材料(鋼・アルミなど)の実験結果とよく一致するため、設計現場で最も広く使われています。
主応力 で表すと:
この が材料の単軸降伏応力 を下回れば、降伏しないと判定します。
せん断降伏強度 0.577 の由来
フォン・ミーゼス基準から、純粋せん断状態でのせん断降伏強度を求めると:
この係数 0.577 は、ボルトのせん断強度評価や溶接設計で頻出します。一方、トレスカ基準(最大せん断応力説)では係数が 0.5 となり、より保守的(厳しい)な判定を与えます。
| 基準 | せん断降伏強度 | 特徴 |
|---|---|---|
| フォン・ミーゼス | 延性材料の実験値とよく一致。FEMの標準 | |
| トレスカ | 保守的。脆性材料や安全が優先される設計に |
下のビジュアライザーで、2軸応力状態を変化させながらフォン・ミーゼス楕円(降伏面)とトレスカ六角形を比較してください。
フォン・ミーゼス相当応力 計算ツール
フォン・ミーゼス相当応力
σ_vm = 132.3 MPa
安全率 n = 1.85
σ_vm = √(σx² − σxσy + σy² + 3τxy²) (平面応力)
FEM結果を正しく読む:特異点とガウス点
ガウス点・節点・要素応力の違い
FEMソフトが応力を計算する内部プロセスを知っておくことで、解析結果の信頼性を正しく評価できます。
| 種類 | 算出方法 | 精度 |
|---|---|---|
| ガウス点応力 | 各要素内部のサンプリング点で数値積分して計算 | 最も高精度 |
| 節点応力 | ガウス点の値を節点へ外挿・平均化 | 一般的なプロット表示 |
| 要素応力 | 要素内の平均値 | 粗い評価 |
結果を確認する際は、最大値だけでなく「応力の等高線が滑らかか」「メッシュの分割ラインが不自然に強調されていないか」も見ましょう。隣接要素間で応力が急変している場合、メッシュが不足しているサインです。
特異点:過大応力値を設計判断に使ってはいけない場所
角部や荷重集中点など、理論上断面積がゼロに近づく箇所では、メッシュを細かくするほど応力値が無限大に向かって増大します。これは**数学的モデル化の限界(特異点)**であり、物理的な現象ではありません。
現実の部品には必ずRが付いており、そのRによって応力集中は有限に収まります。FEMで真っ赤な高応力表示が出ても、それが「現実のR加工で緩和される応力集中」なのか「解析モデル上の特異点」なのかを見極める判断力が設計者には必要です。特異点の応力値をそのまま合否判定に使うと、過剰設計の原因になります。
まとめ:実務で使う数値感覚
| 項目 | 鋼材(SS400)での目安 |
|---|---|
| ヤング率 | 206 GPa(≒ 200 GPa で概算) |
| せん断弾性係数 | 79 GPa |
| ポアソン比 | 0.3 |
| 降伏応力 | 245 MPa以上(板厚16mm以下) |
| 引張強度 | 400〜510 MPa |
| 弾性域のひずみ上限 | (= 2000 μɛ) |
| フォン・ミーゼスのせん断係数 |
FEMが 2000 MPa という応力を出したら「鋼材の引張強度を4倍以上超えている——何かおかしい」とすぐに気づける。この直感が、実務レベルの材料力学の出発点です。
次のステップ
- 曲げ応力と断面二次モーメント:梁の強度計算へ
- 安全率の設定根拠:「なぜ3なのか」に答えられますか
- FEM結果を正しく読む:応力集中・メッシュ・特異点の実務判断
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